- 読み方
- まがりなりにも
- 意味
- 十分とはいえないが、どうにか一応の形になっていること。
- ニュアンス
- 「完璧ではないが、最低限は成り立っている」という控えめな評価。
- 注意
- 他人・相手の立場や成果に使うと、低く評価している響きが出やすい。
「曲がりなりにも」とは、十分とはいえないものの、どうにか一応の形にはなっているという意味です。
「曲がりなりにも仕事を続けてきた」「曲がりなりにも完成した」のように、自分の成果や状態を控えめに評価するときによく使います。
「曲がりなりにも」には「十分ではない」という含みがあります。そのため、相手の肩書・能力・成果に使うと、「不十分だが一応そうだ」と評価しているように聞こえ、失礼になることがあります。
「曲がりなりにも」の意味
『デジタル大辞泉』では「曲がりなりにも」を、「不十分ながら。一応は。どうにかこうにか」という意味で説明しています。
つまり、
- 完璧ではない
- 満足できる水準とは言い切れない
- それでも最低限の形は成立している
という、やや控えめな評価を表す言葉です。
「曲がりなりにも」の使い方・例文
自分について使う
- 曲がりなりにも十年間、この仕事を続けてきた。
- 曲がりなりにも最後まで原稿を書き上げた。
- 独学ではあるが、曲がりなりにも会話できる程度にはなった。
- 曲がりなりにも責任者として役目を果たしてきたつもりだ。
物事の状態について使う
- 小さな組織だが、曲がりなりにも運営体制は整っている。
- 古い建物だが、曲がりなりにも必要な設備はそろっている。
- 短期間の準備だったが、発表資料は曲がりなりにも完成した。
「曲がりなりにも」は失礼?
言葉そのものが失礼語というわけではありません。
ただし、「十分ではないが一応」という意味があるため、他人を評価する文脈では注意が必要です。
たとえば、
あなたは曲がりなりにも部長なのだから。
と言うと、「部長として十分ではないが、肩書だけは部長だ」という皮肉・低評価に聞こえやすくなります。
一方、自分に使う場合は、
曲がりなりにも責任者としてやってきました。
のように、自分を控えめに評価する表現として使いやすくなります。
「曲がりなりにも」と「一応」の違い
| 表現 | ニュアンス |
|---|---|
| 曲がりなりにも | 不十分さを認めつつ、それでも形は成立している。 |
| 一応 | 最低限の条件・形は満たしている。評価は比較的中立。 |
「曲がりなりにも」のほうが、不完全さ・不十分さを強く意識させます。
「曲がりなりにも」と「どうにかこうにか」の違い
「どうにかこうにか」は、苦労しながら何とか成し遂げたことに重点があります。
「曲がりなりにも」は、完成度や状態が十分ではなくても、一応の形になっていることに重点があります。
- どうにかこうにか締め切りに間に合わせた。
- 曲がりなりにも作品として完成した。
「曲がりなりにも」の語源
「曲がりなり」は、曲がった形、不完全な形を表す言葉です。
そこから、「形は整っていないが、それでも一応は成り立っている」という意味の「曲がりなりにも」が使われるようになりました。
「曲がりなりにも」の類義語・言い換え
- 一応:最低限の形は整っている。
- どうにかこうにか:苦労しながら何とか。
- かろうじて:ぎりぎりのところで。
- それなりに:その程度に応じた形で。
- なんとか:困難がありながらもどうにか。
よくある質問
「曲がりなりにも」とは簡単に言うと?
「十分ではないが、一応は形になっている」という意味です。
「曲がりなりにも」は失礼ですか?
必ず失礼とは限りませんが、他人の地位・能力・成果について使うと「不十分だ」と評価する響きが出るため、失礼になりやすい表現です。
自分に使ってもいいですか?
使えます。「曲がりなりにもこの仕事を続けてきた」のように、自分を控えめに評価する表現として自然です。
「一応」と同じですか?
近いですが、「曲がりなりにも」のほうが不完全・不十分というニュアンスを強く含みます。
まとめ
- 「曲がりなりにも」は、十分ではないが一応の形になっていること。
- 自分のことに使うと、控えめ・謙遜のニュアンスになりやすい。
- 相手の肩書や成果に使うと、低く評価しているように聞こえることがある。
- 「一応」より、不完全さ・不十分さを強く含む。